江戸時代の俳人、松尾芭蕉が日本三名湯の一つとして絶賛した山中温泉。
『山中や 菊は手折らぬ 湯の匂ひ』
西暦1689年に芭蕉が山中温泉に8泊9日で訪れた際、紀行文『奥の細道』で残した俳句です。
意味は江戸の当時の人は湯に入る際、薬効を効かす為に菊の茎を折って湯船に浮かべたと言われていますが、山中温泉はその様な菊の茎をわざわざ折る必要がないと思えるくらい薬効のある温泉の香りがする。
といった感じです。
芭蕉が深く愛した山中温泉。
その見どころをご紹介します。
今回は『国分山 医王寺』です。
『国分山 医王寺』は飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍された高僧『行基』によって開創されたと言われています。
光泉寺(群馬県)、有馬温泉寺(兵庫県)と共に日本温泉三大薬師に数えられています。(諸説あり)
また、高野山 真言宗 準別格本山であり、北陸不動霊場第27番に数えられる由緒正しいお寺です。
地元民達には『お薬師さん』として親しまれています。
【忘れしゃんすな 山中道を 東ゃ松山 西ゃ薬師】
山中温泉発祥の民謡『山中節』の一曲目です。
地元民のみならず、全国各地の民謡ファンの心を魅了します。
故 石原裕次郎さんも生前、山中節が大好きだったそうです。
その歌詞の通りに温泉の中心地である総湯『菊の湯』から西に向かいます。
100メートル程進むと石段があり、そこを登り切って石畳を暫く進んだ所が『国分山 医王寺』の入り口となります。
入り口の門をくぐると左手に水場があります。
『甘露水』と呼ばれる霊験ある湧水で、硬度が低い軟水です。
まろやかな口当たりで言われてみれば、ほのかな甘さが感じられる様な気がします。
水場の隣には立派な石碑が祀られています。
『包丁塚』と呼ばれ板場などで使われ、その任務を終えた包丁を供養しています。
門をくぐり境内へ入ると左手に滝が見えます。
『不動滝』と呼ばれており、小さな池に流れ落ちています。
常に池には新鮮で豊富な水が流れ込んでおり、透明度は高いです。
水面を覗くと真鯉が泳いでいますが、(この鯉はさぞかし泥臭くなくて美味いだろうな…。)とついついなまぐさな事を考えてしうのは私だけでしょうか。
池の隣には『水無山(344m)』への登山口があります。
この山は火山灰が降り積もって出来た凝灰岩地質の山で、登山道の壁面は岩盤質の部分が多く露出されています。
登山道沿いには、所々岩盤をくり抜いて横穴を開けてあり、そこには数多くのお地蔵さまが祀られています。
時代背景は残念ながら分かりませんが、かなり古いものと思われます。
この地蔵群は10分程登った所に現れる送電塔まで続きますから時間と興味のある方は見てみると面白いと思います。
今日の時点(2021/11/23)では紅葉は終盤でしたが、境内には色とりどりの落葉樹が植えられているので四季折々の風情を楽しむ事が出来ます。
本堂に向かいます。
本堂の周りには行基像など風格のある物品も一部展示してあり、寺社、歴史マニアの方の心をくすぐります。
寺院の中には展示室があり、芭蕉の忘れ杖など歴史的に重要な品々が展示されています。
希望者は閲覧可能なので一度問い合わせをオススメします!(※1)
温泉情緒溢れる山中温泉。是非一度遊びに来て下さいね!
※1 『国分山 医王寺』
TEL 0761-78-1230 住所 石川県加賀市山中温泉薬師町リ1の1
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